雑感 767

AIMの新ブログ

大学受験フォーラムAIMの代表者の谷口裕亮です。

今日は3月12日。

国公立大学の後期日程試験の日です。
受験している塾生の皆さん、
頑張ってください!

私立大学の後期入試の発表もあります。
結果がどうあれ、
必ずご連絡をいただきたいと思います。

ということで、
相変わらず いろいろなことが毎日あるわけですが、
いまは3学期の通常授業も行なわれています。

3学期の通常授業は3月18日まで。
3月19日が春期講習のテキスト配布日で、
3月20日から春期講習が始まります。

3月17日なんて、
昼間に28期生の卒業式とも言える「お疲れ様でした会」があり、
夜にはふつうに通常授業があります。

いま、さらっと「3月17日」って書きましたが、
そう、3月17日といえば
私、谷口裕亮がこの世に爆誕した日です。
世間で言う「誕生日」。

ご存じの方も多いと思いますが、
私の生い立ちなども軽く述べておきましょう。

フランスの都であり、
芸術の都とも言われる、パリ。

そのパリから北北西へ9600キロ。
そこに日本の大阪という都市があります。

その大阪の地、
北野病院という病院で、
ある年の3月17日に爆誕したのが私です。

早産の影響で
体重は1500グラム。
500mlのペットボトル3本分の重さ。

また逆子だった影響か、
生まれてきたときは息をしていなかったそうです。

そういえば生まれ出る瞬間、
「えっ、うそ、オレ、もう生まれるの?
ちょ、ちょっと早いよ。
爆誕するの、2ヵ月後じゃないの?
えっ、えっ、嘘、まだ息をする準備ができていないし」
と思っていた記憶が、かすかにあります。

いわゆる仮死状態で生まれてきた私。
ドラマなんかでは
赤ん坊が生まれると分娩室から「オギャー」っていう
元気な泣き声が聞こえてきて、
廊下で待っていたお父さんとお爺ちゃんが
「おっ、生まれたな」
って言って泣くシーンがあると思うんですが、
私、泣きませんでした。
そもそも、息をしてなかったもん。
静かに、そして光り輝きながら、爆誕しました。

母は医者から
「もっても2ヵ月でしょう」
って言われてたそうです。

すぐに蘇生術が施され、
なんとか息ができるようになった私は
保育器に入れられたそうですが、
母曰く
「小さすぎて見えんかった」
そうです。

母は女の子がほしかったらしく、
幼い頃の私は女児用の服を着せられて過ごしました。

私の人生で最も劇的だったのは、
この爆誕の時だったと思われます。

長じて、1才の時、
っていっても ほとんど長じてませんが、
1才の時、
父の仕事の関係でアメリカのニューヨークに行きます。

そこで6才、つまり小学1年生まで過ごすわけですが、
ニューヨークでの私は、非常にモテた。
っていうか、モテた記憶しかない。
現地のふつうの小学校で、
ラブレターをもらったり、
キャーキャー言われたり、
上級生に無理やりファーストキスを奪われたり、
なんかそんな記憶しかないです。

私の人生におけるモテ期は6才の時。
それ以上のモテ期は、来ていない。

その当時はキスがなんたるかも分からず、
なんで手紙で「I love you」なんて言ってくるんだろうと不思議でした。
なんてったって6才ですから。

そう、なんたって6才ですから、
好きな女子をダンスホールに誘うこともなく、
クスリをキメてみたり、
ハイウェイを200キロでぶっ飛ばしたり、
嫌いな先生のロッカーに爆竹を仕掛けたり、
そんなことができる年齢でもないので、
ごくごく平凡にモテててました。

そして、ふつうに英語を使ってました。
というか、最初に覚えた言語は英語です。

さて、そんなモテモテの私が
またまた父の仕事の関係で
日本という、アジアの小国に引っ越すことになります。

アメリカ女子たちの涙を振り切り、
日本に帰ってきた私は、
公立小学校の2年生として生活することになりました。

日本語が喋れないのに。
英語しか喋れないのに。

で、まあ、地獄のような日々が始まるわけですが、
ほとんど記憶がない。

そして1998年、
この大学受験フォーラムAIMという塾を開校します。

そして、今に至ります。
しかも教科は「国語」を教えています。

なんか不思議な人生です。

次のモテ期はいつ来るんだろう?

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